坂田栄男(さかた えいお)

囲碁棋士

2017年4月の囲碁フォーカスで特集された。

カミソリ坂田

1920年生まれで2010年に90歳で亡くなった。カミソリ坂田の異名をもつ。本因坊七連覇。NHK杯の優勝回数は11回で、最後に優勝したときは還暦をすぎてきた。名誉NHK杯の称号を手にしている。

囲碁の名誉称号はどうやったら獲得できるのか。
2017年の1月中旬に開幕した第41期棋聖戦七番勝負は井山裕太六冠が河野臨挑戦者を4勝2敗で退け、井山の棋聖五連覇という形で幕を閉じました。 井山は今回「名誉棋聖」という称号を手に入れることになりましたが、以下は名誉称号の獲得...

1984年には史上初の1000勝を成し遂げた。

7タイトル制覇

昭和39年(1964年)は30勝2敗(勝率90パーセント以上)、29連勝の成績を残した。

この年に、名人、本因坊、日本棋院選手権、プロ十傑、王座、日本棋院第一位、NHK杯の7タイトルを制覇。

あまりに勝ちすぎたので、罰当たりの坂田と呼ばれた。

他にもシノギの坂田、攻めの坂田、(攻守に長けているので)鈍四つの坂田、ぼやきの坂田など、異名が多かった。

ぼやき

坂田は対局者が聞き取れるようにはっきりぼやく。ある日、対局中に坂田があまりにぼやくので対局した大平修三九段は相槌を打ち始めた。

「俺はばかだなあ」とぼやけば「はい」と応じ、「ひどい手を打った」と言えば「そうですね」と大平は返事をしたという。大平は「黙っているのも失礼かと思った」らしい。

探求心

囲碁に対する探究心が強く、勝負への執念はすさまじい。実戦では形にとらわれない碁を打つ、と弟子の新垣武は言う。

坂田はテレビが大好きで、晩年はテレビでNHK杯をよく見ていたらしい。

坂田は「碁は勝負であるが二人で創作する芸術でもある。他の人がなかなか真似できない碁を打てるように芸を磨きたい」という思いを強くもっていた。

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